言葉と文化侵略

言葉と文化侵略

Original Date: 2000年5月 7日 

外国語が増えるのは悪いこと?

2回続けて議論を呼びそうな話題で恐縮なのですが、、、先日テレビを見ていて、テレビ番組に関する調査結果の分析をしていました。まぁ、そこまでは普通だったのですが、「お!?」と思ったトピックがあります。

そのレポートでは、「10年前に比べて、最近のアメリカのテレビでは外国語(外来語)が多く使われている」ということをまとめていました。まぁ、日本でも同じような調査項目はあるので別に気にも留めてなかったのですが、驚いたのはコメンテーターの発言と結果の位置づけです。

コメンテーター達は外来語が増えることを、まるで悪いことでも起きているかのように批判的に捉えています。要するに、メディアで英語が使われないのは悪いことだ、という趣旨のことを淡々と述べているのです。そしてもっと驚いたのは、それが悪い傾向として「セックス等の内容が増えていること」と並べられて取り上げられていることでした。

これにはちょっと驚きです。外国語がテレビで話されるということが、セックス番組が増えているという事実と同じ次元で議論されているんです。ちょっと笑ってしまいませんか?自分達はCNNやMTVをそのまま英語で世界各国に垂れ流して、平気で文化侵略しているわけですが、いざ自分の国に異文化が流れ込んでくると、それを排除しようという動きをします。

先日も面白いニュースがありました。テキサス州にあるエル・セニソという小さな街の話です。この街は最近、街の公用語をスペイン語にしてしまいました。理由は簡単です。街はメキシコと川をはさんで面していて、住民のほとんどがスペイン語を日常的に話すから、というものでした。

これに対して、アメリカでは「なぜ英語をはなさない!」という抗議・中傷の電話が殺到中らしいですが、街中スペイン語を話す住民に英語を強制することの方が酷な話です。実際、アメリカには国として英語を公用語とするという法律もありませんから、何語を話してもOKなはずです。

追記:2009/1/12
日本語もたくさんの外来語が毎年誕生しています。特にここ10年で急激に増えていると感じています。ですが、改めて英語と日本語というこの二つの全く異なる言語の共通点を探し出してみると、新しい言葉に対する包容力があることではないかと思います。日本語も外国語を外来語として次から次へと取り入れて、自国の言葉にしてきました。英語も同様に、様々な国の言葉を取り入れて新しい言葉を作り出してきた言語です。(だから発音に規則性がなかったりしますが)。その英語が外国語を排除しようとしているのですから、不思議に感じてしまいます。

言葉が作り出す社会的影響力

こんなことで一般論化するなと怒られてしまいそうですが、こういうニュースを冷静に見てみると、アメリカという国は変化に対しては非常に保守的な国だということがわかってきます。と同時に「英語」というのが、アメリカ社会の白人(イギリス系)支配に大きな影響力を与えています。

英語を話すアメリカ人たちは、自分達の言葉を世界語にすることで、自分達を有利な立場におこうとします。世界中どこにいっても英語があれば大丈夫という環境を作り出せば、自分達は常に優位な立場でビジネスが可能になるということです。逆に、例えば、日本人がアメリカ人とビジネスで交渉するとき、英語を使うことが自分をどれだけ不利にするか、また相手にどれだけ有利な立場を与えるかを考えると、この意味が分かると思います。

そのようにして、英語を事実上のアメリカの公用語にし、そして世界のビジネスの世界語として押し付け、自分達の有利な立場を築いて来たわけですから、いざ、その立場が危うくなると、猛反発するという構図がこういったテレビ番組からも見て取れるわけです。日本人が行かなきゃだめみたいに英会話学校に通うのとは全く逆の世界が広がっているわけですよね(^^;

そうは言っても、スペイン語をしゃべるヒスパニック系移民の数は年々増える一方で、ビジネスとしても無視できない存在になっています。ニューヨークでも3人に1人はスペイン語が母国語だとまで言われていますし、ヒスパニック系は西暦2005年までに9600万人まで増加すると予測されています。

銀行のATMや切符の販売機でも最近は、最初に言葉を「英語」か「スペイン語」か選んでから使うものが増えてきました。20年後のアメリカはスペイン語が第1公用語となっているかもしれませんね。

言語の普及はプラットフォームビジネスと同じ

追記:2009/1/12
長々と追記を書いていますが(^^;
言葉で優位に立つというのは、ある意味プラットフォームビジネスに通じるものがあります。言葉というプラットフォームは社会的にも文化的にも経済的にも結び付きが強く、この部分を支配することは、社会・文化・経済をも支配することを意味します。アメリカが経済的に優位だから英語が優位になったと見ることもできますが、逆に、英語が世界的なビジネスプラットフォームになっているからこそ、言語に対するコストがかからず、アメリカ主導で世界経済が動いている(た?)と見ることもできるわけです。言語が与える影響というのは想像以上に大きいと個人的に思いますが、皆さんはどう考えますか?


日時: 2000年5月 7日
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