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月の住人 - 僕らの歳時記

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月の住人

竹取物語と藤原政権への批判

おのが身は この国の人にあらず 月の都の人なり。

昔、中国では旧暦の7月を初秋、8月を中秋、9月を晩秋といい、それぞれの月の満月の夜に月見の宴を開いていました。なかでも中秋の8月15日の夜は、一年中で月が最も明るく美しいとされ、特別に「十五夜」と呼んでいました。

この日に月の都に帰ったかぐや姫。このかぐや姫のお話は、ロマンチックな空想物語というだけではありませんでした。当時の社会を風刺したものでもあったのです。

竹から生まれたかぐや姫は、わずか3か月で美しい女性へと成長し、多くの男性から求婚され、時の権力者である、2人の皇子、右大臣、大納言、中納言という5人からも求婚されしまた。

この5人にはモデルがいて、それぞれ、丹比島、藤原不比等、阿倍御主人、大伴御行、石上麻呂と、ほとんど実名で登場します。実在する皇族、貴族を笑いものにするように物語を構成していて、当時の藤原政権への批判がこの「竹取物語」には、描かれています。

かぐや姫は、相手の方から結婚を辞退するように、望むものを取ってきてくれた方が最も愛情の深い持ち主と判断するとして、5人にそれぞれ「天竺の仏の御石の鉢」「蓬莱の玉の枝」「唐土(もろこし)の火鼠の皮衣」「龍の首に光る玉」「燕の子安貝」という、いずれも伝説のものを取ってくるよう要求しました。物で愛情の深さを決めるというというのです。(現代でも似たようなことありませんか?)

男たちは、難題に頭を抱え、かぐや姫をだまそうと金にものを言わせて偽物を作った者、商人にだまされ偽物をつかまされる者、懸命に探し死にかけた者、探す途中で大怪我をしてそれがもとで死んだ者も出て、それぞれ5人とも、その身の破滅に追いやられたのです。

そして、最後に最高権力者の帝が登場。帝も、多くの男を破滅させ、なお結婚を拒み続けるかぐや姫とは、どんな女なのかと関心を持ち、宮中に宮仕えするよう伝えるが、「宮仕えに出したら死んでやる」とえらい剣幕で、「国王の命令に背いているというのなら、さっさと殺せ」と居直っています。このように見ていくと、いままでのかぐや姫のイメージとちょっと違うような気がしませんか。

当時の社会では、女性が男性に姿を見られるということは、自分の魂が所有されたことに等しく、結婚を承諾することにつながったようで、古語の「見る」には結婚するという意味がありました。今にその名残を留めているのが、「お見合い」です。帝は、狩りの途中に急に竹取の邸に立ち寄ったことにして、不意をついてかぐや姫と対面、かぐや姫は帝に姿をさらしてしまいますが、ここでかぐや姫は、この国の者でない事を帝に告げ、その姿を本来の姿である発光体になったと物語に表現されています。かぐや姫の本来の姿は光であったのです。

帝もかぐや姫が地上の人間でないと分かり、宮中に連れてゆくことを諦めましたが、かぐや姫に惹かれる気持ちを手紙に託し、情のこもった手紙のやり取りを続けたそうです。

お互いに歌や手紙のやり取りをして心を通わすうちに3年の月日がたちました。その頃になると、かぐや姫は月の美しい夜には物思いにふけるようになりました。翁は、かぐや姫を問い詰めると、自分がこの国の人ではなく月の都の人であり、8月15日に月の国から迎えがきて自分は帰らなければならないと告げました。それを聞いた翁は、帝に頼み月からの迎えの者を捕らえるため、二千人もの兵を遣わしてもらっています。午前零時頃、家のあたりは昼間より明るくなり、満月の明るさの十倍ほどであったといいます。大空から雲に乗った使いの者たちがやってきました。

このやってきたシーンは、実は仏教絵画の「極楽浄土へ死者を迎えるために、阿弥陀如来が菩薩や天人を引き連れ雲に乗ってやってくる」という「来迎図」に似ているのです。知恩院の国宝「早来迎」と「奈良絵本竹取物語絵巻」を比べてみます。

かぐや姫 - 月の都で犯した罪

月の王は、地上をきたない所ともいっており、平安中期に盛んとなった阿弥陀信仰である浄土教の影響がみられます。そして、ここではじめて、月の王がかぐや姫を翁にあずけられた理由が明かされるのです。月の王は翁にいいます。「かぐや姫は月の都で罪を犯したので、こんな身分の低いお前の家にしばしの間滞在したのだ。このたび、その罪に服する期間が終わったので、このように姫を迎えに来たのだ。」

かぐや姫が月で犯した罪が何かは、物語では明かされません。かぐや姫が地上界に生まれるにあたって、月の国にいる両親の記憶を消されてきていますが、人が生まれ変わりこの世で経験をするとき、以前の記憶を消して生まれてくるということと同じなのでしよう。最後にみせるかぐや姫の翁や帝に対する心配りが、物語途中までのかぐや姫の言動からみても心の成長を遂げたということであり、その心の成長が、罪を償い月に帰還する資格を得たということなのでしょう。

かぐや姫は、地上の両親に手紙と着物を残し、帝には、手紙と月から天人が持ってきた不死の薬を置いて月の都に帰っていきました。

月には月読命(つくよみのみこと)がいて、変若水(おちみず)という不老不死の霊水もたらすという信仰が生まれています。帝はたいそう嘆いて、駿河の国にある山が天に近いと聞き、次の歌をしたためて薬を勅使にもたせました。

逢うことも 涙にうかぶ 我が身には 死なぬ薬も 何にかはせむ

(あなたに逢うこともできなくて泣いてばかりいる私に、不死の薬がなんの役にたつでしょう)

勅使は帝の命に従い、その山の頂でこの歌を書いた手紙と薬の壺を並べて火をつけて燃やしました。その山こそが、不死、つまり富士の山なのです。 

では、月へ帰ったかぐや姫は、どこにいるのでしょうか。

ここにアポロ15号の撮影した月面の写真があります。円の部分は、何に見えるでしょうか? 何か幾何学的な構造物、何か宇宙船ぽいものが横たわっているように見えます。月の住人は、いまでもどこかに住んでいるのでしょうか。

参考文献

  • 「竹取物語」角川書店編 角川ソフィア文庫
  • 「竹取物語論 神話/系譜学」関根賢司 おうふう

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最終更新時間:2007年10月01日 21時08分48秒

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